長野簡易裁判所 昭和43年(ハ)54号 判決 1968年8月01日
原告 有限会社中村商店
右代表者代表取締役 中村信
被告 川中島自動車労働組合
右代表者執行委員長 丸山茂
右訴訟代理人弁護士 内藤功
同 加藤雅友
同 岡村親宜
主文
原告の請求を棄却する
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告代表者は、「被告は、原告に対し金三、九五〇円およびこれに対する昭和四三年五月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり述べた。
一、原告は、長野市において役職員総数一八名をもって金融業を主業務とする事業を営んでいるものである。
二、被告は、長野市で道路旅客運送を業としている川中島自動車株式会社の従業員をもって構成する労働組合である。
三、被告は、昭和四三年四月二五日および五月七日の両日賃金引上げのための争議行為として同盟罷業をなし、終日定期バスの運行を停止した。
右同盟罷業は、被告とその使用者である前記会社とが、これをさけるべく徹夜の団体交渉をするなどの誠意と努力を尽さず、徒らに紛争を長引かせ、公益事業の使命を忘れた結果反覆累行し、第三者である通勤客に迷惑をかけたものであって、権利の濫用である。
四、長野市中真島中沢季子および同市西寺尾中村泉の両名は、原告の被傭者であり原告の費用負担で川中島自動車株式会社の定期券を購入し、同会社の定期バスで原告営業所に通勤していたものであるが、両名の住居附近には右定期バス以外に適当な交通機関がないため、前記両日の同盟罷業に際し、原告は、その営業維持の必要上やむをえずその所有する自動車を以て両名を運送し、次のような余分の経費を支出した。
(1) 長野市から中真島および四寺尾を経て長野市へ返る約五粁の往復二回分百粁行程に要した燃料代七五〇円
(2) 運転手の時間外出勤手当一、二〇〇円
(3) 自動車の損耗料二、〇〇〇円
五、而して、被告は、右同盟罷業に際して、第三者に対して損害を与えるであろうことを知っていた筈であり、原告は右のとおり合計三、九五〇円の損害を蒙ったので原告は被告に対してこれが損害の賠償を求める。
被告訴訟代理人は、本案前の主張として本件訴を却下するとの判決を求め、その理由として、別紙一のとおり陳述し、本案に対して、主文同旨の判決を求め、答弁として、請求原因一、二および三の前段の各事実は認め、三の後段および五の事実は否認する。四の事実は知らないと述べ、別紙二のとおり陳述した。
理由
一、被告訴訟代理人は、原告も被告もともに運送契約の当事者ではないから当事者適格を有しない旨主張するが、本訴請求は、その当否は別として、要するに被告が権利を濫用してなした違法な同盟罷業に因って原告が損害を蒙ったとして、その賠償を求めるものであるから、原告は自己の給付請求権を主張する者であり、被告は、原告からその義務者として主張されている者であって、ともに当事者たるの適格に欠けるところはない。
二、そこで、本案につき判断する。
被告が、旅客運送を業としている川中島自動車株式会社の従業員をもって構成する労働組合であり、昭和四三年四月二五日および五月七日の両日賃上げのための争議行為としての同盟罷業をなし、その結果右会社の定期バスの運行が停止した事実は当事者間に争いがない。
およそ、労働組合の基本的な活動は経済的活動にある。それは団体交渉による労働協約の締結によって実現されるが、使用者がこれに応じなければ、労働組合は何等かの争議手段に訴えることになる。この最も有効にして一般的な手段が同盟罷業である。資本主義初期において違法視された労働組合が、法制化され、一般化している現在、同盟罷業は、団体交渉を確保するため不可欠の手段として社会的に正当視される権利であり、それは我が国にあっては争議権の一態様として憲法上の権利にまで昂められてさえいる。争議権の保障は、それが正当に行使されるかぎり、争議によって蒙る損害を使用者および第三者が受忍すべきことを当初から予定しているのである。従って、労働組合が正当な争議行為を行なった場合に、第三者に対して使用者が契約上の責任を負担することがあるとしても、労働組合が第三者に対して損害賠償の責任を負担することは全くない。
而して、労働組合の主目的が組合員の労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることにある以上、賃上げ交渉の過程における争議行為としての同盟罷業は、最も典型的な争議行為であり、その手段において違法となる特段の事情が存しないかぎり、それは当然正当視される。
本件二回の同盟罷業は、被告組合員の賃金引上げを目的とするものであったが、原告は、被告が、これを避けるべく努力と誠意を尽さず、徒らに紛争を長引かせて公益事業の使命を忘れた結果反覆累行し、第三者である通勤客に迷惑をかけたものであって、権利の濫用である旨主張するが、たとえそれが真実であったとしても、それらの事実だけでは右争議行為を権利の濫用と目することはできず、まして、手段を違法とする程のものでもないし、他にこれを認めるに足りる事実の主張もない。
そうすると、右同盟罷業は何れも正当なものといわなければならず、かりに、第三者である原告にその主張するような損害があったとしても、被告がこれを賠償する責任を負担することはない。
三、尤も、同盟罷業が行われた場合、その第三者に及ぼす影響は常に無視することができず、特に公益的産業のそれは一般市民の生活全般に及ぶものであるから、ややもすれば、このような意味での第三者一般市民の利益を公共の福祉と抽象化し、この名の下に法律上の制約以上に違法視する素朴な感情が働き易い。しかし、それは誤りであって、第三者が正当な争議行為に介入することは許されず、右一般市民の利益は、争議行為に対する輿論としての役割を果すべきであり、かつこれに止まるべきものである。一方、労働組合は、争議にあたっては、常に輿論の動向を注視し、卒直にこれに耳を傾け、これを味方にすることが争議を成功せしめる要因であることを忘れてはならない。
即ち、原告は、正当な争議権を行使している被告に対して、訴を提起すべきものではなく、輿論形成の一員としての地位に止まるべきものであったのである。
四、よって、原告の爾余の主張事実を確定するまでもなく、本訴請求原因は、主張自体理由がないので、原告の被告に対する請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 関家一範)
<以下省略>